完成されたプロレス全日本四天王プロレス

90年代現在のプロレスの原点を作った

三沢・川田・田上・小橋の四天王プロレス

四天王プロレスとは?

 

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今見ても、色あせない試合

現在のファンに沢山見てもらいたいものだ

当時に使われたいた各個人の必殺技も
多くの選手に引き継がれ、今の試合でも見る事が出来る。

三沢光晴のエルボーや、タイガードライバー、エメラルド・フロージョン

川田利明のハイキック、パワーボム、ストレッチ・プラム

小橋建太の剛腕ラリアット、ムーンサルトプレス、バーニング・ハンマー

田上明ののど輪落としのバリエーション

死闘を繰り返し、進化していった四天王プロレス。

 

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四天王プロレスとは

 

四天王プロレスとは全日本プロレス全盛期

 

ファンを虜にした4人のつわもの

 


画像出典元全日本プロレスリング

小橋建太バーニングハンマー

 

 

現在のプロレスを見てると番外戦も多く、選手1人1人スポットを当てて

わかりやすくなっている

四天王プロレスとは試合で納得させるプロレス見るものを

試合を通じてファンと分かり合えるそんなプロレス

現在のプロレスでは当たり前だが完全決着をほぼ100%といっても過言でなく

決着を目指した試合

いわば、逃げ場のない戦いを演じてきた、四天王プロレス

 

 

三沢光晴vs川田利明(1993年7月29日武道館)画像全日本プロレス中継

 

それまでの力道山から、ジャイアント馬場、アントニオ猪木と受け継がれてきたプロレスには

ジャンボ鶴田、天龍源一郎ですらなしえなかった、大一番での完全決着

タイトルマッチがメインの全日本プロレスは

大一番では、反則負け、両者リングアウトなど不可解な決着が多かった

 

プロレスを、八百長と揶揄するのもわかる

 

ジャンボ鶴田から全日本プロレスを引き継いだ四天王

 

ジャンボ鶴田は、日本人最強と言われたまま、病でリングを降りた

しかし三沢、川田、田上、小橋を育て馬場イズムの王道を繋いだ

 

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完全決着の美学

 

選手大量離脱後の全日プロは三沢、川田、田上、小橋

4人を中心とした激しいプロレスを展開しファンを熱狂させる

 

当時のプロレスでは、エース同士や、外国人エースとの完全決着は曖昧のままの試合もおおく

不完全燃焼で終わることも多かった

 

しかし、四天王時代に行われた試合は、完全決着

地方だろうがどこだろうがどのような会場ですら、熱狂させた

天龍源一郎が、龍原砲を作り、地方の試合でも手を抜かない

そんな天龍イズムが継承されたのだろう

とにもかくにも、反則や、リングアウトなどがなくなり

リアルプロレスが展開された

 

小橋建太
画像出典元 東スポ

 

「すごい試合だった…」。解説席の馬場さんがそう言ったきり絶句した屈指の名勝負。いわゆる“四天王プロレス”の完成形である。

 

 

 

まさに4つ巴の戦い、三沢が、川田に勝ったと思いきや

田上が、三沢に勝つ、田上に小橋が、小橋に川田が勝つなど

まさに完全決着のオンパレード

 

その4人がタッグマッチを行えば、20分を超えてからの試合が

凄すぎた

連日、地方でも手を抜かず20分から30分の熱闘を展開。最後の武道館大会で「最高傑作」を見せつけるというスタイルも確立された。お互いの技を受けきった上で、さらにその先に向かうという超絶なプロレスだった。

 

ジャイアント馬場さんも私には解説出来ないくらいな試合と言わせた

 

三沢、川田、田上より若い小橋が、川田から初フォールを奪ったときに

四天王プロレスは完成した。

 

 

外国人連鎖完全決着

 

全日本にはスタンハンセン・スティーブウイリアムス・テリーゴディなど数多くの名選手がリングに上がっている

 

その、外国人ですら、完全決着を四天王と繰り広げた

ジャイアント馬場さんの方針なのか

全日本プロレスは、明るく・楽しい・激しいプロレスをキャッチフレーズにファンを魅了していた

 

王道プロレスをスローガンに

明るく、所謂健全・激しくは四天王に見る完全決着・楽しくは

ラッシャー木村のマイクパフォーマンスやジャイアント馬場・永源などがみせる

 

悪役商会が送るベテランのプロレスで笑いがおこる

 

若者から、シニアまで幅広ファンをつかんでいた

静寂のプロレスから、最後は激しく感動のプロレス

あの頃の全日本プロレスは、プロレス界をけん引していたと言っても過言ではない

 

ジャイアント馬場のプロデュース力に頭がさがる

その激しいプロレスでも、日本のファンを理解した外人が四天王と数多くの名勝負を展開した。

四天王もだが、スタンハンセンなどの外国人の力もあって

全日本は盛り上がりを見せた

 

 

四天王プロレスが残したもの

 

四天王プロレスが残したものは何だったのか

それは、日本のプロレスの進化だった

今では、大一番の反則負けやリングアウト両者引き分けなどファンは受け入れない

 

しかし、四天王プロレスが始まるまでは、当たり前の風潮すらあった

チケットを買い会場に足を運び、不完全な試合結果も多く存在した

 

今のプロレスファンはある意味外れがない試合を満喫できる

この事がプロレスファンを多く獲得してるに違いない

四天王だけではなく、闘魂三銃士の存在も大きく

 

新日本プロレスに新しい風を起こした。

 

全日本プロレス、新日本プロレスが

今のプロレス界の流れを作ってきたのは間違いない

しかし、過酷な試合が続けば、選手にも負担がかかる事を肝に銘じて

応援していきたい。

 

小橋が初めて先輩の川田からフォールを奪ったのだが、誰が勝ってもおかしくない試合だった。三沢がタイガードライバー、川田がストレッチプラム、田上がノド輪落とし、まだラリアートを必殺技にする前の小橋はムーンサルト…。全員がフィニッシュ技を出しても試合は終わらない。最後は小橋が川田を垂直式のバックドロップで「くの字」に沈め、23分34秒の死闘を制した。 三沢、小橋組はこの年の最優秀タッグ賞を受賞。三沢はその後にパートナーを秋山に変え、最終的には小橋が秋山と組むことになる。川田、田上組は2000年のノア旗揚げの際の大量離脱までコンビを続け、マット史に残る名長寿コンビとなった。 2年後には同一カードでプロレス大賞ベストバウトを獲得。“四天王プロレス”はひとつの極みに達した。あれから約20年。誰もが熱狂した死闘の代償は大きかった。三沢さんは故人となり、小橋と田上は引退、川田もセミリタイア状態となっている。肉体に刻まれた見えないダメージは想像以上だったのだ。三沢、小橋、川田、田上の戦いは永遠に語り継がれるホンモノの“ベストバウト

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