棚橋弘至と柴田勝頼の遺恨

棚橋弘至と中邑真輔、柴田勝頼は新日本プロレスに新しい時代を託される
選手であった。
新日本プロレスは3人を新闘魂三銃士と名付けた。

しかし3人とも新闘魂三銃士と呼ばれるのを拒否しそれぞれのプロレス格闘技を求めた。
中邑真輔は、いち早くIWGPヘビー級チャンピオンになり
それに追いつけとばかりに棚橋弘至もU30以下のベルトを創設した。

闘魂三銃士の橋本真也が逝き、武藤敬司や蝶野正洋が新日本プロレスのメインから退き
第三世代が新日本プロレスを引っ張て来たが
新日本プロレスが発信したUWFから時代は、K1、prideブームになっていた。

プロレス不遇の時代であった。
新日本プロレスは迷走しながら、プロレス復権を目指す。
その矢面に立ったのが棚橋弘至、中邑真輔であった。


中邑真輔は若きチャンピオンとなったが、まだ新日本プロレスをけん引する力はなかった。
棚橋弘至は隙間のある会場をプロレス復権のため戦い抜いた。会場から非常なブーイングを受けたのも棚橋弘至が1番であろう。
一方柴田勝頼は新日本プロレスを退団し格闘技の世界に入っていくことになる。

この時に、棚橋弘至と柴田勝頼の間では溝が出来てしまう事になる
新日本プロレスを守ろうとした棚橋弘至
新日本プロレスを去った柴田勝頼という事になる。
溝すなわち遺恨という事になる。

柴田勝頼の退団コメント

「やめるのも自分のプロレスのひとつ、一部であったと思います。それがなかったら自分じゃなかっただろうし。やめることが新日本だった」と語っている。同年5月14日の新日本プロレス東京ドーム大会に登場するも、翌週、上井文彦の興行会社ビッグマウスと契約を結んだ。



新日本プロレス復権

棚橋弘至の葛藤は続く
新日本プロレスで世代抗争を始めたかと思えば中断
IWGPヘビー級チャンピオンになりながらも他の団体に参戦
今の新日本プロレスでは考えられない、展開である
全日本プロレスやプロレスリング・ノアに参戦し戦いを演じてきた。

やがて、棚橋弘至の頑張りは新しいプロレスファンを動かして行くことになる。

中邑真輔と共闘していたのをやめシングルプレイヤーとなり中邑真輔とのライバル抗争を展開していく、中邑真輔も正統派レスラーから奇抜なレスラーに変化し新日本プロレスに新たな風を起こす。

棚橋弘至と中邑真輔実力人気が絶頂になったとき新日本プロレスがまた新たなプロレスブームを巻き起こす事となった。
若手のオカダ・カズチカやAJスタイルズなどがまた新たに棚橋弘至のライバルとなりIWGPヘビー級チャンピオンの権威を上げて行く。

一方の中邑真輔もIWGPインターコンチネンタルヘビー級のベルトをIWGPヘビー級チャンピオンに負けないくらいのステータスを作っていく。
そんな矢先、総合格闘技を主戦場にしていた柴田勝頼が桜庭和志と共に新日本プロレスのリングに上がった。
新日本プロレスにケンカを売りに来ました。
新日本プロレスにケンカを売った柴田勝頼
しかし、総合格闘技では桜庭和志が格上であり、桜庭和志をメインに試合は行われていた。
しかし、柴田勝頼の人気はじわじわと上がり新日本プロレスに存在感を示してきた。

その黒タイツで挑むストロングスタイルは昭和の香りを放ちつつも
新日本プロレスに新たな風を吹き込んいった。

棚橋弘至は柴田勝頼の新日本プロレス復帰に無関心を貫いた。
しかし、G1クライマックで対戦した両者棚橋弘至は出戻りの柴田勝頼に敗戦してしまう。
その後舌戦を繰り返す両者は遺恨マッチを行う事になった。

ここ10年の新日マットをけん引してきた棚橋にとって、G1公式戦(7月26日、秋田)で“出戻り”の柴田に喫した敗戦は許しがたい屈辱。その借りを返すべく、棚橋は序盤から鬼の形相で柴田にエルボーを打ち込んだ。15分過ぎ、棚橋はドラゴンスクリューで攻勢に出ると、最後は渾身のハイフライフロー2連発で3カウントを奪ってみせた。  だが、真のクライマックスは試合後のリングだった。これまで舌戦を繰り広げてきた柴田と相対した棚橋は、いくつかの言葉を交わすと涙を流しながら握手。2005年1月に柴田が新日プロを退団してから続いていた遺恨に、ついに和解の瞬間が訪れたのだ。  棚橋は「柴田が『新日本を守ってくれてありがとう』って…。どの口が言ってんのか知らないけど、そりゃズルいよ」とやり取りを明かした。自身は柴田に「お帰りなさい」と告げたという。

柴田勝頼
新日本プロレスを守ってくれてありがとう

棚橋弘至VS柴田勝頼
画像出典元東スポWEB

若き時代同じ釜の飯を食べた同期の和解であった。


柴田勝頼VSオカダ・カズチカ

柴田勝頼は新日本プロレスに復帰したがIWGPヘビー級チャンピオンの挑戦までに至らなかった。
チャンピオンオカダ・カズチカがジャパン・カップで優勝したら挑戦を受けてやると上から発言された。
しかし柴田勝頼は2回戦敗退となりIWGPヘビー級チャンピオン挑戦には至らなかった。

柴田勝頼のIWGPヘビー級チャンピオン挑戦は遠のくかと思われたが
翌年柴田勝頼はジャパンカップに優勝。

優勝直後リングからオカダ・カズチカに約束を果たした、IWGPヘビー級チャンピオンに挑戦させてもらうと宣言、オカダ・カズチカも挑戦を受託した。

柴田勝頼とオカダ・カズチカイデオロギーの戦争
オカダ・カズチカと柴田勝頼の試合は壮絶なものになりオカダ・カズチカがレインメーカーで勝利した。

しかし、試合後柴田勝頼は救急搬送され「硬膜下血腫」が見つかり、緊急手術を受けていた。
試合後オカダ・カズチカはコメントで怪我をさせた事を思い悩む発言をしたが
柴田勝頼は怪我の事は気にするなとオカダ・カズチカに連絡

オカダ・カズチカは新たに新日本プロレスを背負う決断をした。
柴田の男気がオカダ・カズチカをまた進化させる事になる。



長期欠場柴田勝頼

柴田勝頼は長期の欠場にはいる復帰は絶望的なのかと思わせたが新日本プロレスロスアンゼルス道場でコーチを務め公の場に姿を見せた。

棚橋弘至と仲睦まじい写真も掲載された。
一方棚橋弘至は中邑真輔が新日本プロレスを退団した後迷走に入る
IWGPインターコンチネンタルを中邑真輔から引き継ぐと宣言したが失敗

その間にオカダ・カズチカは最強王者と呼ばれ、内藤哲也はロス・インゴベルナブレス・デ・ハポンで大ブレークを果たし、棚橋弘至不要論を打ち出す。

棚橋弘至はエース復権を目指すが、ジャパンカップ準優勝、IWGPインターコンチネンタル王座陥落、IWGPヘビー級連続防衛記録を阻止するためオカダ・カズチカに挑戦するも敗退、IWGPヘビー級連続防衛記録をオカダ・カズチカに破られる。

棚橋弘至時代の終焉かと思わせる出来事が次々と起こるが棚橋弘至諦めていなかった。
満を持して臨んだG1クライマックAブロックでオカダ・カズチカを制して1位通過を果たす。
Bブロック代表飯伏幸太と優勝決定戦に臨んだ棚橋弘至の横にはなんと柴田勝頼がセコンドにつくと言う
サプライズが・・

棚橋弘至
画像出典元新日本プロレス

棚橋弘至は見事に飯伏幸太に勝利しG1クライマック覇者となった。
エース復権である。

柴田勝頼のセコンドの力も大きく棚橋弘至は優勝した。
棚橋弘至のエース復権はオカダ・カズチカとのドーム権利書の防衛戦
そしてまたドームのメインに返り咲く事である。

棚橋弘至の復活と柴田勝頼の復帰はもうそこまで来ている。


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