ミスターIWGP永田裕志最後の抗争?

ミスターIWGPと呼ばれていた永田裕志がCHAOS石井智弘とド突き合いから抗争に発展。

新日本プロレス1.5後楽園ホールで対戦した永田裕志と石井智弘

新日本プロレス永田裕志VS石井智弘
画像出典元
NJPW
新日本プロレス永田裕志VSCHAOS石井智弘

 

永田は石井に鋭い左ミドル3連発。さらに串刺しタイナーから背中にサッカーボールキック。 しかし、石井は即座に立ち上がりお返しのサッカーボールキック。ここから両者は激しいエルボー合戦へ。すると、永田の強烈なエルボーで石井はダウン。さらに永田は張り手からキックの波状攻撃、そして馬乗りになってエルボーを連発。 永田は石井を起き上がらせると腕固めを決め、白目の神が降臨。オスプレイがカットに入るも、永田はうまく場外に追い出す。

負けん気の強い石井智弘はこのままでは収まらず永田裕志との戦いの継続が始まる。

 

石井智弘と永田裕志の抗争はNJCの1回戦で決着

永田裕志と石井智弘の抗争は思わぬ展開でNEW JAPAN CUPまでもつれ込む

今回のNEW JAPAN CUPは若手の登用やベテラン勢の復活で最多の32人の参加になる模様だ。

年齢が50歳を超える永田裕志は最後の抗争となるのか?

ベテラン永田裕志と獣神サンダーライガーが元気である。

獣神サンダーライガー最後のIWGPジュニアヘビー級挑戦か?

永田裕志も最近若手との戦いが多い中久々のバチバチファイトを展開するミスターIWGP




ミスターIWGPと呼ばれた永田裕志

新日本プロレスを再建したと言われる棚橋弘至であるが

永田裕志の存在は大きかった。

アントニオ猪木から藤波辰巳と長州力

橋本真也、武藤敬司、蝶野正洋の闘魂三銃士と続く新日本プロレスであったが

 

アントニオ猪木が大きく影響していた。

闘魂三銃士と呼ばれた武藤敬司、蝶野正洋はnWoジャパンを結成新日本プロレスにムーブメントを起こしていた。

橋本真也は新日本プロレス本隊で初代ミスターIWGPと呼ばれていた。

 

アントニオ猪木は小川直也などを柔道家から総合格闘技のスタイルに変化させ

橋本真也に襲いかからせていく。

この事がK1やPRIDEブームを起こすきっかけとなった。

 

今では、RIZINが格闘技として人気があるが、プロレスとは別の次元のものであるのはわかる。

しかし当時のファンはプロレスと総合格闘技を混同プロレスラーがキック、関節などの総合格闘技の世界で惨敗していた。

新日本プロレスから橋本真也や武藤敬司が去り。

 

新日本プロレスに第三世代の時代がやってくることになる。

しかし永田裕志、小島聡、天山広吉、中西学などの人材がいても

プロレスは冬の時代に突入した。

 

まだ新日本プロレスに影響のあるアントニオ猪木は総合格闘技の世界に永田裕志を送り込む。

プロレスのシリーズにも参加しながら永田裕志は総合格闘技の試合に参戦

永田裕志も新日本プロレスを守る為に先日引退を表明したミルコ・クロコップと対戦

しかしKO負けとなった。

そもそもプロレスは相手の技を受けあいながら試合を展開する格闘技である

総合格闘技とは全く別物であるのは言うまでもない。

 

異種格闘技から始まったアントニオ猪木の新日本プロレスはその影から抜け出せないでいた。

新日本プロレスを最強と認めさせる為にプロレスリング・ノアのエースとなった

現全日本プロレス社長秋山準と東京ドームで対戦した永田裕志であったが

 

秋山準にも敗戦してしまう。

新日本プロレスよりノアが強いと印象付けをしてしまった感は否めない。

 

しかし永田裕志は新日本プロレスでIWGPヘビー級王者となり1年間のあまり防衛を続け橋本真也に次ぐミスターIWGP永田裕志と呼ばれることになる。

総合格闘技とプロレスにゆれる新日本プロレス

プロレス冬の時代に新日本プロレスエースとして君臨した永田裕志

 

棚橋弘至や中邑真輔そしてオカダ・カズチカの登場で再生した新日本プロレスと言われるが

プロレス冬の時代に第三世代の永田裕志や天山広吉、中西学が新日本プロレスを守ってきた。

全日本プロレスに移籍した小島聡も新日本プロレスに復帰

平成最後の年に第三世代永田裕志と石井智弘の抗争が展開中の新日本プロレス。

NEW JAPAN CUPの見どころの1回戦である。



 

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