プロレスのタッグマッチで飛躍した選手たち

 

現在新日本プロレスではゴールデンラヴァーズの復活で

ファンの期待感が高まってる

新日本プロレスのタッグでは

真壁刀義&本間朋晃組が注目を集めていた

しかし本間の怪我による離脱で

特に主だった専門日本人タッグチームがなくなった新日本プロレス

外国人タッグがリードしているのが現状だった。

 

 

内藤&EVIL組との優勝決定戦を制した真壁刀義&本間朋晃
画像出典元スポーツナビ

 

新日本プロレス「WORLD TAG LEAGUE 2015」最終戦となる9日の宮城・仙台サンプラザホール大会では、超満員となる2291人を動員した。

メインイベントの「WORLD TAG LEAGUE 2015」決勝戦では、Aブロック1位の“GBH”真壁刀義&本間朋晃組が、Bブロック1位の“ロス・インゴベルナブレス・デ・ハポン”内藤哲也&EVIL組を破り初優勝。こけしとダミ声でブレークし、今年のプロレス大賞技能賞を受賞した本間が、地元の東北で新たな勲章を手に入れ、リング上で号泣した

 

プロレスの面白さに、タッグ戦線がある

一流のレスラーの階段にいつも良いタッグパートナーがいた

最近の、プロレスの支流は

チームには在籍するものの、個人戦が主体になっている

 

一流レスラー同士が組むのは面白い物だ

柴田勝頼と、後藤がタッグを組んだ時は

期待感があったが、すぐに解散に至った。

 

しかしタッグの面白みは、メインの選手と格下の選手が組む

一流選手は、格下の選手をタッグで、メインに挑戦させ鍛えたものだ

最近では、真壁刀義が本間と組んで

69代IWGPタッグ王者になったのが記憶にある

 

過去には

ジャイアント馬場がジャンボ鶴田

蝶野正洋が天山広吉

天龍源一郎が川田利明

長州が 谷津嘉章

三沢が小橋建太

ジャンボ鶴田が田上明

 

田上明などは、ジャンボ鶴田と組むことで、プロレスのノウハウを覚え

全日本四天王まで上り詰めた

全日本プロレス最強タッグリーグ

タッグと言えば全日本プロレスが十八番であった

現在も行われてる、最強タッグリーグ

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世界最強タッグリーグの歴史は深い

 

試合形式
  • 試合形式は当初は45分1本勝負、1984年大会から30分1本勝負。
  • あらゆる勝ちが2点、あらゆる負けは0点、時間切れ引き分けが1点、両者リングアウト・両者反則が0点の勝ち点制で行われた。

1978年から始まったタッグ最強タッグリーグだが数多くの名タッグが誕生した。

 

ドリーファンク&テリーファンク

ザ・ファンクスの人気爆発から始まった最強タッグリーグ

テリーファンクの人気は凄まじいものがあり

 

ブッチャー&ザ・シークとの抗争注目を集めた

 

1980年には師弟タッグを組んでいた

ジャイアント馬場&ジャンボ鶴田が優勝している

 

翌年には、真壁刀義の入場曲でおなじみの”超獣”ブルーザー・ブロディが参戦優勝

この優勝試合に

当時新日本プロレス所属の、スタンハンセンが乱入

ウエスタンラリアットをテリーファンクに炸裂させ

ブルーザーブロディ&ジミースヌーカーの優勝となる

 

後にジャンボ鶴田と激しい抗争をする

 

ブルーザーブロディ
画像出典元 月間スパ

 

スタン・ハンセン&ブルーザー・ブロディ組「ミラクルパワーコンビ」誕生

対抗馬として師弟コンビを解消した

ジャンボ鶴田が当時全日本プロレス第3の男として売り出し中の

天龍と鶴龍コンビを結成した。

ジャンボ鶴田&天龍源一郎組

 

1984年は全日本プロレスと新日本プロレスの引き抜き合戦が激化した

新日本プロレスMSGタッグリーグ参加予定の「ブリティッシュ・ブルドッグス」

ダイナマイト・キッド&デイビーボーイ・スミス組が空港で全日本プロレスの最強タッグリーグに参加を表明した。

翌年は・・

 

スタンハンセン&テッドデビアス

ジャンボ鶴田&天龍源一郎

「ジャパンプロレス軍」から長州力&谷津嘉章組

時代の申し子長州力の参戦で話題を独占した。

 

1986年にはジャンボ鶴田と天龍源一郎の鶴龍コンビ最後の年となるが

優勝で締めくくった

 

ジャパンプロレスの全日本プロレス撤退した年には

ジャンボ鶴田と谷津嘉章の五輪コンビ

 

ニュー・ミラクルコンビのスタン・ハンセン&テリー・ゴディ

テリー・ゴディは今ではパワーファイターが使う

パワーボムの元祖でもある

 

天龍革命の代名詞コンビ

天龍同盟・龍原砲の、天龍源一郎&阿修羅原

 

ブルーザー・ブロディ&ジミー・スヌーカ

スタンハンセンとブルーザーブロディのミラクルパワーコンビ対決

 

元大相撲横綱・輪島大士がジャイアント馬場と組んで参戦

タイガーマスク(三沢光晴)の参戦

などで話題を独占した。

 

1990年に入ると

鶴田軍と超世代軍の抗争に注目が集まった

ジャンボ鶴田&田上明

三沢光晴&川田利明

 

ジャンボ鶴田と三沢光晴の対決は

天龍源一郎が離脱した全日本プロレスに光を与え

全日本プロレスの未来を左右する試合でもあった。

しかし、タッグ歴の浅い鶴田軍・超世代軍とも優勝には至らず

 

外国人タッグチームが優勝した。

ジャンボ鶴田が最後の出場となった1991年大会には

大巨人コンビジャイアント馬場&アンドレザ・ジャイアントが話題をさらった

ジャンボ鶴田欠場の大会では

名実ともタッグチームNO1チーム

 

テリー・ゴディ&スティーブ・ウィリアムス組

の3連覇を三沢の超世代軍が阻むかに注目が集まった。

 

三沢光晴&川田利明の超世代軍が僅差で優勝

 

三沢の超世代軍の時代が到来した

この年小橋建太・秋山準も参加している

 

鶴田が完全離脱した全日本プロレスは超世代軍の川田利明が田上明と

「聖鬼軍」を結成した。

三沢光晴は川田利明とのコンビを解消したのち小橋建太とのタッグで超世代軍が連覇した。

 

しかし、長州力離脱から始まり天龍離脱、ジャンボ鶴田病気での戦線離脱

外国人タッグチームの新鮮さも減り

日本人支流となったこの時代

魅力的な外国人タッグチームの見どころはなかった。

1998年には新日本プロレスで旋風をおこした

ベイダーが参戦しスタンハンセンとのタッグで優勝した。

 

昔の程の勢いはなく、話題性のあるチームも少なくなった

世界最強タッグリーグだが

伝説を残すタッグが数多く参戦した。

以外にもロードウオリアーズなどの参加はなかった。

 

 

 

ロードウオリアーズ
画像出典元 s5.photobucket.com

 

 

ジャイアント馬場没後の三沢光晴体制の全日本プロレスは、

特に話題はなく

四天王のシングルマッチに注目が集まり

以前のタッグチームでの戦いより、四天王のシングル王座3冠戦に話題や人気が集中した。

 

現在でも秋山準の体制で最強タッグリーグは開催されている。

世界最強タッグリーグである

新日本プロレスタッグ戦線異状あり

 

新日本プロレスでゴールデンラヴァーズ再始動

飯伏幸太&ケニーオメガの野望は?

 

 

ゴールデンラヴァーズ
画像出典元 東スポ

DDT時代タッグを組んでいた2人

新日本プロレスで再開した時は

ケニーオメガは、バレットクラブの一員であった。

バレットクラブのリーダーになったケニーオメガは

 

当然飯伏幸太&ケニーオメガのゴールデンラヴァーズの復活など頭になく

打倒オカダカズチカを目指していた。

 

バレットクラブから追放

シングルプレイヤーとしての

ケニーオメガは申し分なく

オカダカズチカとのベストバウト

IWGP US初代王者など実績も作った

 

しかし、バレットクラブ内では、ケニーオメガの1人よがりに

嫌気がさすメンバーも多く

US王者陥落後、メンバー内で抗争が起こり

 

ケニーオメガはリングで制裁を受けていた。

そこに救出に向かったのは、飯伏幸太であった。

オメガは飯伏の誘いに躊躇したが、そのためらいを長く我慢することはできなかった。オメガはその時、言葉こそ口にしなかったが、流れを自然に任せたようだ。この先、思いもつかないような連携技や合体技を目にすることになるのは間違いない。プロレスというものに研究熱心で突飛な飯伏とオメガの発想が新しい驚きを生むはずだ。

 

 

 

飯伏幸太&ケニーオメガ
画像出典元 Number

新日本プロレスのタッグが面白くなるのは決まった。

これから数年後このチームがどう変わっていくか

しかし、タッグの相乗効果は凄い物がある

「世界一のタッグチームになるのが夢だった。私が世界でベストになったと感じた今は、違うものが見える。試合に勝つことや技のすごさだけではなくて、本当に見ている人を感動させる試合がしたい。2人ならそれができる」

飯伏、35歳。オメガ、34歳。

プロレスラーとして一番脂の乗り切った時期にある2人だ。こんな2人に刺激されて、タッグのスペシャリストを自負するヤングバックス(マット・ジャクソン、ニック・ジャクソン組)が早くも対戦の名乗りをあげた。彼らとの戦いは、オメガが言うように年間ベストバウトを狙えるくらいの名勝負になることは間違いないのだろうが……ゴールデン☆ラヴァーズにとっては、それも1つの試合に過ぎないのだろう。

新日本から世界が変わるかもしれない

そのような可能性を秘めたチームである

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