進化するプロレス。

力道山から、始まった日本のプロレス

力道山死去後弟子のジャイアント馬場、アントニオ猪木にバトンが渡された。

 

全日本プロレスを旗揚げした

ジャイアント馬場は、NWAから大物外人を招聘し、人気を獲得

 

新日本プロレスを旗揚げした

アントニオ猪木は、プロレス最強論を打ち出し異種格闘技戦を数々行った。

モハメドアリや、ウィレム・ルスカ

 

 

 

新日本プロレスは、全日本プロレスとは全く違う路線で人気を博した。

 

異種格闘技

熊殺しの異名を取る。極真空手のウィリー・ウィリアムス戦で衝撃のラストを迎えた

 

ウィリー・ウィリアムス
画像出典元 YouTube 極真

 

 

 

全日本プロレスは王道のプロレスジャイアント馬場が人気であった。

209センチの巨体から繰り出される圧倒的な迫力で、プロレスファンを魅了し続けたジャイアント馬場選手。

 

 

 

 

ジャイアント馬場VSフレッド・ブラッシー
画像出典 https://ironna.jp/article/923

着実なプロレス路線を歩くジャイアント馬場

過激な仕掛人新間久と組んで格闘路線を歩くアントニオ猪木

その時の団体の事情も伴ないこのような形になったが

どちらとも、現在のプロレスに大きな影響をもたらしている。

 

全日本プロレスと新日本プロレスは順調に興行を重ね認知されていったが

消えゆく団体もあった。

国際プロレス

 

後に選手たちは、新日本プロレス、全日本プロレスに戦いの場を移す

アニマル浜口もその1人である。

 

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アニマル浜口は、長州力と新日本プロレス、全日本プロレスで長州力のパートナーを務めた。

引退後は、浜口ジムを開設し数多くのプロレスラーを世に出している。

 

出身プロレスラー

小島聡

大谷晋二郎

大森隆男

BUSHI

本間棚晃

ミラノコレクションA.T

YOSHI-HASHI

高橋ヒロム

EVIL

内藤哲也

など・・・

今でも全日本プロレス、新日本プロレス以外でも活躍してる選手は数多くいる。

 

 

全日本プロレス、新日本プロレス弟子たちの開花

当時の馬場、猪木の後継者として挙げられていた弟子

ジャイアント馬場の1番弟子は、ジャンボ鶴田

アントニオ猪木の弟子は、藤波辰巳であった。

 

ジャンボ鶴田は、大物と数多く好試合をしていたが

NWAチャンピオンには程遠い善戦マンと言われ

 

藤波辰巳は、海外でジュニア・ヘビー級のチャンピオンになり

ドラゴンブーム作ったが

ジュニア・ヘビーと言う路線

 

後継者の候補であるが、ジャイアント馬場やアントニオ猪木の

カリスマ性、影響力には足元にも及ばない。

ジャンボ鶴田は、ジャイアント馬場路線を着実に継承し

AWA世界チャンピオンを日本人で初めて奪取した。

 

一方、藤波辰巳はヘビー級に転向し苦戦を強いられていたが

 

ライバル長州力の登場により、ライバル抗争が始まった。

長州力の藤波への宣戦布告

俺は、お前のかませ犬じゃない

発言は、新日本プロレスの既定路線崩壊でもあった。

 

初代タイガーマスクの登場もあり、新日本プロレスブームが起こった。

初代タイガーマスクが華麗な空中殺法

藤波辰巳VS長州力

メインイベントは、アントニオ猪木の延髄斬りにファンは魅了された。

アントニオ猪木の延髄切り
画像出典元 YouTube 新日本プロレス

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全日本プロレスジャンボ鶴田の日本人ライバルは不在

全日本プロレスは、日本人対決などは眼中にはなく

日本人VS外国人対決がメインで

タイトルマッチにこだわった。

チャンピオン=強者

 

第三の男天龍源一郎は、当時はあくまでもジャンボ鶴田より格下扱いであった。

後にミスタープロレスと呼ばれる天龍源一郎

長州力の全日本プロレス参戦でプロレスラーとして本領を発揮する。

 

全日本プロレスでも日本人対決ブームが起こり

ゴールデン枠にテレビ放送も移動した。

 

ジャイアント馬場・アントニオ猪木の弟子たちが

自己主張をはじめ、成長しやがてジャイアント馬場とアントニオ猪木時代の終焉に近づく事になる。

 

日本人対決

 

新日本プロレスで藤波辰爾VS長州力

タイガーマスクVS小林邦明など

 

正規軍VS維新軍などの日本人対決が、ファンに受け入れられ。

長州力が、新日本プロレスを離脱

全日本プロレスに参戦した時、また大きく歴史が動く

 

今度は、全日本プロレスブームが起きる事になる。

この時期のプロレス界の主役は長州力である。

長州力が動けば、プロレス界が動く

 

天龍源一郎は、長州力との対決で日本人対決での強さを発揮していった。

その後天龍革命を起こし、ジャンボ鶴田と敵対する。

 

ジャンボ鶴田も、長州力との対決で日本人離れした強さを発揮し

後に怪物ジャンボ鶴田と呼ばれるまでになる。

 

 

この状況に反して、蹴り・投げ・関節技(サブミッション)系のUWF

前田明

電流爆破・デスマッチ系のFMW

大仁田厚

この極端に分かれたプロレスも人気を博した。

 

前田明の残した功績は大きくプロレスを進化させた。

大仁田のFMWは、邪道プロレスと呼ばれていたが、FMWからハヤブサ(江崎 英治)

の空中殺法は、今見ても飯伏幸太やウイル・オスプレーなどの空中殺法となんの引けを取らない

ハヤブサの残した功績も大きい。

 

 

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闘魂三銃士・四天王プロレス

ジャイアント馬場がメインから退き

アントニオ猪木が長州力からフォール負けなど

馬場・猪木時代に陰りを見せ始め

 

ジャンボ鶴田・天龍源一郎・長州力・前田明・藤波辰巳などが精力的に動き

プロレスラーとしてピークを迎えたころ

 

新日本プロレスでは、武藤敬司・橋本真也・蝶野正洋の闘魂三銃士

佐々木健介・馳浩・越中詩朗がエース争いをした。

 

全日本プロレスでは。天龍源一郎が全日本プロレスを離脱窮地に陥ったとき

2代目タイガーマスクの三沢光晴が超世代軍を結成

 

三沢光晴・川田利明・田上明・小橋建太は後に四天王プロレスと呼ばれ

プロレス史上最高傑作のプロレスの世界を作り出す。

 

三沢光晴&武藤敬司
画像出典 YouTube

 

 

全日本プロレスはジャイアント馬場が第一線を退いたが

新日本プロレスは、アントニオ猪木の影響が大きく、

猪木の手のひらの中で選手が動かされていた。

 

 

明暗を分けた第三世代と呼ばれた選手達

 

全日本プロレスと新日本プロレスの第三世代が明暗を分けたといっても過言ではない。

三沢光晴率いる超世代軍

川田利明の聖鬼軍

武藤敬司・蝶野正洋のnWO

橋本真也・佐々木健介

全日本プロレス・新日本プロレスとも魅力ある団体であった。

 

ジャイアント馬場死去数年後

全日本プロレス三沢光晴は、馬場夫人と意見の相違から

プロレスリングノアに移籍

ほとんどの選手が、三沢と同行する事になる。

 

全日本プロレス次の世代は、秋山準それを追う形で大森隆男、井上雅央

 

しかし、秋山準は他の2人を圧倒し四天王に追いつく勢いであった。

 

一方新日本プロレスの第三世代のラインナップは多く

永田裕志・天山広吉・小島聡・中西学を筆頭に、大谷晋二郎・高岩竜一・西村修・ケンドー・カシン・金本浩二

安田忠夫・小原道由

IWGPヘビー級王座もしくは、IWGPジュニア・ヘビーなどに絡む選手が数多くでた

 

全日本プロレスと新日本プロレスの第三世代の差は大きく

後に、三沢光晴が立ち上げたプロレスリングノアの後継者不在にまで陥る事になる。

 

 

棚橋弘至・中邑真輔の奮起

三沢光晴死去後、プロレスリングノアは小橋建太欠場

選手怪我引退と、沢山の選手がWWE移籍や他団体移籍

引退など

様々な現象が起こった。

 

新日本プロレスは永田裕志が、IWGPヘビー級王座防衛記録を作る

小島聡は、3冠ヘビー王座・IWGPヘビー級王座に君臨

天山広吉は、nWOで蝶野正洋のパートナーとして大暴れしていた。

 

しかし、プロレス人気は次第に陰りをみせ

衰退していく事になる。

 

pride格闘技・K1ブーム

時代は、アントニオ猪木が仕掛けた

総合格闘技・キック系のK1ブームに入った。

注目されるのは、総合格闘技・K1であった。

 

プロレスラーが、総合格闘技に参戦するも

ボコボコにやられる場面を何回も見る事でレスラーは弱い

そのようなレッテルを張られ、プロレス人気は地に落ちて行く

 

プロレスラー橋本真也が総合格闘技スタイルの小川直也に負けた瞬間

プロレスファンはプロレス離れを起こした。

 

プロレス最強論をかけて

高田延彦がヒクソン・グレイシーと対戦したが

2連敗で引退

時代は、総合格闘技ブームになった。

K1も総合格闘技との対抗戦を行った。

全日本プロレス・新日本プロレス・プロレスリングノアも対抗できなかった時代である。

 

中邑真輔総合格闘技

新日本プロレスでは、海外から帰国した中邑真輔が24歳で

IWGPヘビー級王座に君臨した、終始押され気味の試合だったが

逆転のサブミッション十字固めで勝利した

 

衰退するプロレスで、身を削った

中邑はロスから帰国後にIWGPヘビー級王座に挑戦。デビューしてから一年弱での挑戦で見事に史上最年少の24歳でIWGP王座に上り詰めたのである。この記録は今でも最年少記録であり、これだけ破格の扱いを受けたレスラーは新日本プロレス43年の歴史の中で誰もいない。

このようにデビュー後の中邑は若くしてトップに立ち、常に団体の責任を背負って戦ってきた。外敵である高山善廣から猪木が復活させたNWF世界ヘビー級王座、自身が持つIWGP王座との統一戦、全日本プロレスに流失したIWGP奪還

総合格闘技にも参戦しアレクセイ・イグナショフvs中邑真輔で完全勝利

一番スゲエのはプロレスなんだよ名言を残し総合を撤退した。

今では中邑真輔は。WWEのスーパースターになろうとしている

 

中邑真輔
画像出典 東スポ

 

 

一方棚橋弘至は、プロレス人気回復のため地方興行でも

数多くのファン獲得のためU-30王座設立

中邑真輔・柴田勝頼と共に、新闘魂三銃士として売り出しを図られたが

拒否した3人であった。

 

中邑真輔・柴田勝頼と共闘や決戦を繰り返した。

当時の敵は、第三世代やまだまだ元気な、武藤敬司などもいた。

中邑真輔・棚橋弘至は、エースに上り詰めるまでに

闘魂三銃士や第三世代と戦う必要があった。

 

棚橋弘至は、怪我も多く怪我欠場復帰を繰り返す事も多かったが

次第に、プロレス人気も復活

今では、新日本プロレスブームが再来している

 

この時の、棚橋弘至と中邑真輔の頑張りがなければ今の新日本プロレスもない

しかし、幸いな事それは

アントニオ猪木の介入がない時代にプロレスがやれている事であろう

 

アントニオ猪木の影響で翻弄された選手は数多く

藤波辰爾・長州力・前田明・柴田勝頼・高田延彦など数多くがアントニオ猪木の影響下で

レスラー人生を送ったと言っても過言ではない。

 

完全王者オカダカズチカ

現在では、オカダカズチカをはじめ、内藤哲也、飯伏幸太、ケニーオメガなどの世代が

新日本プロレスをけん引している

オカダカズチカに至っては、棚橋弘至の防衛記録更新まで手が届いている

 

内藤哲也に話題を独占されてきたオカダ・カズチカだが

いよいよ逆襲が始まる

進化したプロレス

オカダカズチカが掲げて進化したプロレス

アントニオ猪木・ジャイアント馬場・ジャンボ鶴田・三沢光晴・前田明・長州力・藤波辰爾

などが出来なかったプロレスを展開している

パワフルで、空中殺法もあるヘビー戦士

VSウイル・オスプレーで魅せたプロレスが

オカダの目指す進化したプロレスと言う

 

オカダカズチカVSウイル・オスプレー
画像出典 number

 

3月6日、大田区総合体育館での46周年大会を終えた新日本プロレスは47年目の戦いに突入した。

アントニオ猪木vs.カール・ゴッチで始まったその歴史は、オカダ・カズチカvs.ウィル・オスプレイに変わった。

クラシックな戦いは、現在のプロレスがこういうものであることを意地でも見せようとした。

大田区総合体育館が建て直されまったく新しくなったように、プロレスにも新しさが求められている。

確かに、身体能力の高いオカダとオスプレイ、30歳と24歳。この2人のパフォーマンスは現在から近未来を描いたような戦いだった。空中戦の美しさと意外性はルチャ・リブレの動きを変化させてよりダイナミックにしたようにも見えた。http://number.bunshun.jp/articles/-/830175

 

 

 

全日本プロレス・新日本プロレスから派生した団体が数多くある

プロレスブームも何回も起こり、衰退をも繰り返す

しかし、プロレスラーは偉大である

いつの時代も、ファンを魅了し素晴らし試合を提供してくれる。

 

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