全日本プロレス鶴龍コンビ結成

ジャンボ鶴田の最強伝説。怪物と言われたジャンボ鶴田。
2000年肝臓がんで亡くなったジャンボ鶴田。
ジャンボ鶴田享年49歳の命日は、5月13日となる。

全日本プロレスの絶対エースジャンボ鶴田。
第三の男と呼ばれた、天龍源一郎。
ジャンボ鶴田は、最強・怪物の名を欲しいままにしていく事になる。

ジャンボ鶴田&天龍源一郎
画像出典元 全日本プロレス

ジャイアント馬場から全日本プロレスのエースに指名されたジャンボ鶴田。
アマレスのオリンピック代表のジャンボ鶴田は順調に成長した。
自他ともに認める全日本プロレスのエース。順調に歩いてきたジャンボ鶴田。

AWA世界ヘビー王座を日本人で初めて獲得。
伝統のベルトインターナショナルヘビー級王座も獲得した。

一方の天龍は大相撲から、プロレスに転向。
華麗なプロレスと違い武骨なレスリングスタイル。
チョップ、延髄切り、卍固めなどアントニオ猪木の得意技を繰り出した。
全日本プロレスとしては異質な存在だった。

だが格闘技センスは大相撲からきた負けん気の強さは本物。
UNヘビー級王座などを獲得していた。

ジャイアント馬場&ジャンボ鶴田の師弟タッグが解消となった。
全日本プロレスは、外国人王国。タッグマッチは全日本プロレスの醍醐味でもあった。

ミラクルコンビスタン・ハンセン&ブルーザーブロディ。ドル箱のタッグチーム
ロード・ウオリアーズなど数多くの強敵タッグチームが来日していた。

最も高い壁として、ミラクルコンビのスタン・ハンセン&ブルーザー・ブロディが頂点にいた。
ミラクルコンビは、個人としての強さも半端なく。
個人でも強く、スタン・ハンセンとブルーザー・ブロディのタッグチームは日本で最強であった。
勝てる要素は少なかった。

これでは勝てないと感じたジャイアント馬場。

ジャイアント馬場は、師弟コンビを解消。引退したザ・ファンクスのテリー・ファンクの代わりに、ドリー・ファンクjrとタッグを結成。
第一線を退いたジャイアント馬場の代わりに、全日本プロレス代表チームを作る。

ミラクルコンビに対抗できるタッグチームは?
ジャンボ鶴田&天龍源一郎の鶴龍コンビを結成させた。
それが、鶴龍コンビである。

実質全日本プロレスの代表チームとなった鶴龍コンビ。
ミラクルコンビに苦戦しながらも世界最強タッグ優勝を勝ち取る事になる。

全日本プロレスの代表タッグチームとなったジャンボ鶴田&天龍源一郎の鶴龍コンビであった。
日本人VS外国人がメインの全日本プロレスであったが、ある人物の登場で日本人対決の風が巻き起こる事になる。
ジャンボ鶴田怪物への序章

革命戦士長州力全日本プロレス参戦

長州力が全日本プロレス参戦。

長州力
画像出典元 新日本プロレス

新日本プロレスで革命を起こした長州力
藤波辰爾との勝負に一区切りをつけた長州力。
全日本プロレスにジャパンプロレス軍団として殴り込みをかけた。
人気絶頂の長州力の全日本プロレス移籍は衝撃が走った。

長州は全日本プロレスマットに上がり、全日本レスラーにかみついた。
そこに矢面に立ったのが、天龍源一郎や石川孝志であった。

感情むき出しの天龍源一郎は、長州力と真向勝負を展開する。
第3の男と呼ばれていた、天龍の評価は一気に上がった。
長州力はジャンボ鶴田より天龍源一郎を評価した。

ジャンボ鶴田は、挑発に乗る事はなくいつも通りのレスリングを展開する。
感情むき出しで長州力に向かっていく天龍源一郎とは全く違う2人であった。

長州力とかみ合う天龍源一郎。
天龍源一郎の株は一気にあがり、天龍源一郎vs長州力は全日本プロレスのドル箱カードとなる。
全日本プロレスはゴールデンタイムでのテレビ放送へ。
全日本プロレス人気は、一気にプロレス界の頂点まで押し上げて行くことになる。

全日本プロレスで行われていなかった日本人対決が一気に人気カードになった。

ジャパンプロレス解散

長州力率いるジャパンプロレスに不協和音。
選手と経営陣の対立でジャパンプロレスが分裂騒動を起こした。

長州力、マサ・斉藤などは新日本プロレスへ出戻り。
谷津嘉章、永源、栗栖などは全日本プロレス残留となった。
結果、長州力の新日本プロレスの復帰により対抗戦が終結した。
プロレス界を揺るがした男天龍源一郎と長州力

天龍源一郎、夢のカードを実現したプロレスラー。

鶴龍対決実現

全日本プロレスは、日本人対決から日本人VS外国人対決の図式に戻る。

そこを受け入れないファン。
長州が去った全日本プロレスだったが、ジャンボ鶴田はいつも通りのファイトスタイルであった。
危機感を覚えた天龍源一郎は、社長のジャイアント馬場に直訴しジャンボ鶴田との対決を受託させた。

ジャンボ鶴田を本気にさせてやる!!これが
天龍革命のスタートであった。
それと同時に鶴龍コンビの解消でもあった。

1人で革命を起こした天龍に同調する選手が続々集まった。
阿修羅原、川田利明、サムソン冬木、小川良成。
これを天龍同盟と呼ぶ。ジャンボ鶴田を罵倒する天龍同盟。
天龍源一郎のターゲットはジャンボ鶴田と輪島大士に向けられた。

元横綱輪島に非常な攻撃を見せる天龍源一郎のプロレス。
スター候補であった輪島は天龍源一郎によって粉砕されたと言っても良い。

ジャンボ鶴田とシングルマッチに挑んだ天龍源一郎。
ジャンボ鶴田の強さは健在で、誰しもがジャンボ鶴田勝利を疑わなかった。

しかし、天龍源一郎はジャンボ鶴田にリングアウトで勝利を収めた。
プロレスファンの度肝を抜いた。
天龍源一郎が望んだ鶴龍対決が実現した1戦であった。

敗戦したジャンボ鶴田は、再戦を要求。感情的になったジャンボ鶴田は反則負けで
天龍源一郎の2連勝となった。

天龍源一郎は、阿修羅原と龍原砲を結成。世界タッグ王座を獲得。
サムソン冬木&川田利明もアジアタッグ王座を獲得。
破竹の勢いで全日本プロレスを制圧していく。

天龍同盟全日本プロレスに革命・レボリューショを起こした。

長州力の時に見せなかった感情。ジャンボ鶴田は見せるようになっていく。
天龍の思惑通りに進んだかに見えた。

しかし、本気になったジャンボ鶴田は恐ろしく強く変化していく。
3戦目にはジャンボ鶴田の反則勝ちとなった。

天龍源一郎はこの3戦目から。地力の差を感じていたと言う。
だが全日本プロレスのドル箱カードとなったジャンボ鶴田vs天龍源一郎。
ジャンボ鶴田vs天龍源一郎の鶴龍対決は、連続で行われて行くことになる。

まだ、三沢光晴がタイガーマスク、川田利明がフットルース時代である。
ピンフォール決着のない鶴龍対決。

ファンの中でもジレンマが発生。本当に強いのは?ジャンボ鶴田か天龍源一郎か?
ジャンボ鶴田は、ハンセンを破り初代3冠ヘビー王者に君臨。その強さは絶頂を迎えていた。

4戦目の鶴龍対決は、ジャンボ鶴田のパワーボムが汗で滑った?
首から垂直に落下した天龍源一郎は失神しフォール負けとなった。

ジャンボ鶴田パワーボム
画像出典元 全日本プロレス

天龍源一郎の敗戦であった。まさしくジャンボ鶴田が本気になった証拠でもあった。
天龍革命が成就する瞬間。

結末の見えない、鶴龍対決。
5戦目は天龍源一郎のフォール勝ち
6戦目はジャンボ鶴田のフォール勝ち
7戦目はジャンボ鶴田バックドロップからフォール勝ち。

7戦目に違和感を覚えたファンは多くいた。天龍の覇気が感じられなくなっていた。
水面下で動いていた天龍源一郎の全日本プロレス退団の前兆であった。

その後天龍源一郎は、全日本プロレスを退団。
SWSに移籍する事になる。
プロレス界を揺るがしたメガネスーパーの団体

天龍源一郎、夢のカードを実現したプロレスラー。


鶴龍対決の終焉であった。

その後鶴龍対決は実現していない。
ジャンボ鶴田を本気にさせたレスラーは天龍源一郎以外に存在しないと感じる。
天龍源一郎はもジャンボ鶴田がなぜ?自分の挑発に乗ってくれたか?
真相はわからないと言う。ジャンボ鶴田が亡きいまその真相はわからない。

ジャンボ鶴田4勝
天龍源一郎3勝で終わった鶴龍対決。その勝敗より素晴らしい、試合を見せてくれた龍対決であった。

鶴龍対決は、後に四天王プロレスを作り出す切っ掛けとなる。
天龍源一郎が去った全日本プロレスで、三沢光晴が起こした行動は、天龍源一郎と類似していた。
全日本プロレス四天王プロレスが残したものは?

過激な技の応酬全日本四天王プロレス受け身の天才達の伝説。


全日本プロレスは史上最高の試合と呼ばれるまでになる。

ジャンボ鶴田は、その強さ上に多くの日本人、外国人からターゲットにされた。
感情を表に出した戦いを始めて出したのは、天龍源一郎が最初のような気がする。
それだけジャンボ鶴田は強かった。

ジャパンプロレスの仲野信市が、ジャンボ鶴田との試合でジャンボ鶴田の顔面にドロップキックがヒット。
この顔面ヒットした事にプチッとキレたジャンボ鶴田は仲野信市を秒殺してしまった。
タッグパートナー天龍源一郎も唖然とした表情が印象的な試合。
伝説となった 怪物ジャンボ鶴田VS長州力 完全決着戦。ジャンボ鶴田が仕掛けたフルタイム戦。

最強と呼ばれたジャンボ鶴田

天龍源一郎が全日本プロレスを去ったあと、静観が訪れた
ジャンボ鶴田は、何事もなかったようにリングで戦う

ジャンボ鶴田は自分から何かを仕掛けていくそんな事はなかった。
故に、長州力や天龍源一郎の爆発的な人気に比べて
ジャンボ鶴田より人気を博したのは2人でもあった。

しかし全日本プロレスの危機を感じたのは
タイガー・マスクの三沢光晴
三沢光晴は、すぐさまに行動を起こした

タイガー・マスクの覆面を川田利明に取らせて素顔になった。
三沢光晴はがタイガー・マスクの仮面を脱いだときに・・・

全日本プロレス 2代目タイガーマスク 仮面を捨てた三沢光晴。

三沢光晴は超世代軍を結成
ジャンボ鶴田の前に立ちはだかった、格下三沢光晴の反乱はジャンボ鶴田を面食らわせる
ジャンボ鶴田は、三沢光晴と対戦格下扱いの戦い方
しかし結果は、三沢光晴がジャンボ鶴田に勝利して見せた
一気に三沢光晴全日本プロレスの救世主ニューヒーローとなった。

しかしジャンボ鶴田はここから覚醒最強ジャンボ鶴田に変身
三沢光晴、川田利明、小橋建太をバックドロップで粉砕していく
この最強となったジャンボ鶴田に立ち向かう三沢光晴もまた、最強となっていく。

ゾクゾクとする戦いが全日本プロレスに存在したのである。

伝説の四天王プロレス

ジャンボ鶴田から、全日本プロレスの凄さを叩きこまれた
三沢光晴と川田利明、先輩後輩の戦いは終止符を打つ
三沢光晴と川田利明最後のシングルマッチ

デンジャラスK川田利明、三沢光晴とのラストマッチ

ジャンボ鶴田怪物バックドロップ

ジャンボ鶴田と言えばバックドロップ
必殺技のなかったジャンボ鶴田に、ルーテーズがへそ投げと言われるバックドロップを伝授した
必殺技を身に着けたジャンボ鶴田は、AWA世界王者を日本人で初めて獲得した。

そのバックドロップの進化は止まらず、三沢光晴と川田利明に放ったバックドロップは殺人技に変わった。
あまりのジャンボ鶴田の強さ怪物ぶりに、解説も三沢光晴寄りの解説を行う始末。

解説者が叫ぶ、鬼か、魔物か、怪物かとそれだけのスタミナと、強さを見せた
ジャンボ鶴田

武藤敬司が語るジャンボ鶴田

2020年武藤敬司が、ジャンボ鶴田について語った。
ジャンボ鶴田没20年、49歳の若さでこの世を去った。

プロレスリングマスターと言われる武藤敬司。
いまだ、プロレスリング・ノアの若武者清宮海斗と戦う事を考えたらジャンボ鶴田の死は早かった。

ジャンボ鶴田が長く、リングにいた可能性は低い。
だがジャンボ鶴田がいたら、今の全日本プロレスは?三沢光晴の退団は?なかったかもしれない。
武藤敬司は、ジャンボ鶴田と戦う事はなかった。
あれだけのレスラーと戦ってみたかったと答えた武藤敬司。

武藤敬司
画像出典元
東スポWEB

ジャンボ鶴田さんか…俺、ほとんど面識がないんだよね。レスラーとしては、そりゃあもう、すごかったと思うよ。まず縦横(のサイズ)があって「ディス・イズ・プロレスラー」って感じだよな。プラス、当時の全日本プロレスっていうのは外国人もすごい選手を招へいしていたからね。NWAとかAWAとか、向こうの保守本流の団体とちゃんと付き合ってて、そこの王者とかさ。そういう選手と互角以上の体型で真っ向勝負できる日本人レスラーはなかなかいないですよ。

ジャンボ鶴田と同じ時代に戦ったレスラー達が、ジャンボ鶴田を怪物と言う。
獣神サンダー・ライガーが語る、オカダ・カズチカは、令和のジャンボ鶴田

あわせて読みたい記事